50代からのライフシフト

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自立とは依存先を増やすことである

昨年、父を亡くしました。

89歳だったので大往生と言えるでしょう。
5年前に母を亡くして以来、父は、地方の一軒家でひとり暮らしをしていました。
「ひとり」で暮らしていたけれど、父の生活は「孤独」ではなかったと思います。
生まれ育った土地でこそなかったものの、そこには頼れるコミュニティがあったからです。

 

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「ひとり」と「孤独」は異なるもの

私は、いわゆる「おひとり様」。
「おひとり様」でいることは寂しくないけれど、「孤独」になったら寂しい。
「ひとり」で過ごす時間が長くても寂しくないのは、自分が「孤独」じゃないことを知っているから。

 

「ひとり」と「孤独」が同義語のように扱われていることがあるけれど、まったく別物なんじゃないかと思います。

 

「ひとり」に込められた意味には、「ソロデビュー」とか「独り立ち」とか「ひとりでできるもん」とか、成長や「個」への尊重は感じるけれど寂しさは感じられない。
「ひとり」は自分の選択で楽しめるものなのです。

 

それに対し、「孤独」は周囲の人や社会とのつながりを絶たれている、頼れる人がいない、不安で寂しい状態を指すのではないでしょうか。

英語でいえばsolitudeが“ひとり”で、lonelinessが“孤独”、といったところ。


人は孤独に耐えられない

もちろん長い人生の中で、孤独に耐えなければならないこともあるでしょう。
でも、そもそも人間は、他人の協力なしには生きていけない生物なのだから、「頼れる人がほしい」、「寂しい」、「ひとりで不安」という気持ちは、生存本能といえるのかも。

 

孤独を感じている人に、「孤独に耐えろ」、「強い心を持て」、「孤独を楽しめ」などと言うのは、ある種の根性論に聞こえます。

まるで『巨人の星』(たとえが古くてすみません)。

「ひとり」や「個」を尊重することと、孤独を同一線上で語ることはできないと思うのです。

 

自立とは過度な依存である

「会社や団体に属さずに自由に生きたい」という気持ちを持つ人は、私を含め少なくないかもしれません。
しかし、これもまた「誰にも頼らずに生きる」ということではないと思っています。

 

中村うさぎさんの文章の中に、とてもいい答えを見つけたので、最後にご紹介します。

 

熊谷晋一郎さんは脳性マヒで車椅子生活をしている障碍者のお医者さんで、私もお会いしてお話をしたことがある。

その熊谷さんが、「自立は依存先を増やすこと。希望は絶望を分かち合うこと」とおっしゃったそうだ。さすが、である。なんかもう、ものすごく胸にすとんと落ちた。

私はずっと、自立とは人に頼らないことだと思っていた。経済的なことも人生の選択も何もかも夫に任せて生きている母を見ていて、思春期から強く「私は自立したい!」と望んだ私は、大人になって経済的な自立を果たしたものの、「依存症」という奇妙な病を抱えることとなってしまった。
(中略)

人間は、さまざまなものに依存する。家族や友人や恋人という他者に、宗教や思想に、あるいは恋愛やセックスといった行為に。おそらく我々は、何かに依存しなければ生きていけない生き物なのである。

だがその一方で、我々はひとりで生きていかなくてはならない生き物でもある。社会という群れの中で互いに寄り添いながらも、ひとりひとりは自立した個体であり続けること。これが理想的な人間の在り方だと私は思う。

 

mine「女王様のご生還 VOL.56」より